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2012年05月16日 (水) | 編集 |
NHKの「情報LIVEただイマ」という番組で発達障害の特集があるようだ。
5月18日22:00〜
番組の目玉は浜松医大発の血液検査でASD(自閉症スペクトラム)がわかるという研究に関する話のようだ。
ただイマのHPはこちら↓
http://www.nhk.or.jp/tadaima/
浜松医大精神科学教室の研究紹介ページ↓
http://www2.hama-med.ac.jp/w1b/psy/research/index.html
いろんな意味でちょっと注目である。
というわけで番組情報でした。

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今日はこれだけ
なんですが
…
ま、ぼちっと↑
おひとつ。
5月18日22:00〜
番組の目玉は浜松医大発の血液検査でASD(自閉症スペクトラム)がわかるという研究に関する話のようだ。
ただイマのHPはこちら↓
http://www.nhk.or.jp/tadaima/
浜松医大精神科学教室の研究紹介ページ↓
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2012年05月06日 (日) | 編集 |
5月に入ったが別にうちには連休も関係ない。…ってなわけで来客が一件あっただけで、どこにも出かけないゴールデンウィークであった。
そういうわけで、書評書かずにほうっておいた本を読み返したりしていた。
というわけで書評いってみます。
この本、サブタイトルが「発達凸凹な子どものための感覚統合アプローチ」という。
というわけで、感覚統合療法についての本である。
発達障害における感覚統合療法とは、簡単に説明すると体の感覚ができていない事による、さまざまな影響をトレーニング等によって改善、緩和し、ひいては発達障害特有のさまざまな不具合を改善、緩和しようというものである。
前半は「5感+2覚」についての説明と感覚に関する不具合の見方、考え方。後半は具体的な手法の話となっている。
とても読みやすく素直に頭に入る本だった。
考え方の基礎が書かれているので応用もききそうである。
感覚統合に関する本で保護者が気軽に読める本は今までなく、そういった意味でこの本が出版された意義は大きいだろう。
あまり聞き慣れない「2覚」の話、「固有受容覚」「前庭覚」の話は非常に興味深い。
また、後半、家庭でもできる感覚統合アプローチについてかなりのページが割かれており、気軽にトライできるのもうれしいところ。
…、と、ここまで堅く書いてきたが、実はこの本を読んでちとびっくりなのであった。
何故か?この本に書かれている簡単なアプローチのいくつかは、実際私自身が体験済みの事だったからだ。
くすぐり遊び、揺れ遊び…
感覚統合に関してはろくすっぽ知らなかったが、私が体験しているので、うちでは子どもに対しても当たり前にやっている事だったものが多くあった。
いやはや、何とも不思議な話である。
この本の範囲なら日常の延長でできることが多く、害はなさそうだ。
また、感覚異常というものがピンとこない定型の親御さんが感覚の異常について知る為だけでもこの本はずいぶん役に立つだろうと思う。

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書評ですが
…
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おひとつ。
そういうわけで、書評書かずにほうっておいた本を読み返したりしていた。
というわけで書評いってみます。
![]() | もっと笑顔が見たいから―発達デコボコな子どものための感覚運動アプローチ 岩永 竜一郎 花風社 2012-03-21 by G-Tools |
この本、サブタイトルが「発達凸凹な子どものための感覚統合アプローチ」という。
というわけで、感覚統合療法についての本である。
発達障害における感覚統合療法とは、簡単に説明すると体の感覚ができていない事による、さまざまな影響をトレーニング等によって改善、緩和し、ひいては発達障害特有のさまざまな不具合を改善、緩和しようというものである。
前半は「5感+2覚」についての説明と感覚に関する不具合の見方、考え方。後半は具体的な手法の話となっている。
とても読みやすく素直に頭に入る本だった。
考え方の基礎が書かれているので応用もききそうである。
感覚統合に関する本で保護者が気軽に読める本は今までなく、そういった意味でこの本が出版された意義は大きいだろう。
あまり聞き慣れない「2覚」の話、「固有受容覚」「前庭覚」の話は非常に興味深い。
また、後半、家庭でもできる感覚統合アプローチについてかなりのページが割かれており、気軽にトライできるのもうれしいところ。
…、と、ここまで堅く書いてきたが、実はこの本を読んでちとびっくりなのであった。
何故か?この本に書かれている簡単なアプローチのいくつかは、実際私自身が体験済みの事だったからだ。
くすぐり遊び、揺れ遊び…
感覚統合に関してはろくすっぽ知らなかったが、私が体験しているので、うちでは子どもに対しても当たり前にやっている事だったものが多くあった。
いやはや、何とも不思議な話である。
この本の範囲なら日常の延長でできることが多く、害はなさそうだ。
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書評ですが
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2012年05月02日 (水) | 編集 |
前回の記事の続きであるが、自閉者の「バカまじめさ」がどこから来るのかについてもうちょっと突っ込んで考えてみる。
世の中、正直であることは「一応」美徳ということになっている。
「うそつきはいけません」というのはよく親に言われる台詞でもあるし、幼稚園でも習うだろう。
が、この美徳とやら、「人は結構ウソをつきやすい」という前提があっての美徳であるし、「ウソも方便」ということわざがあることからも、ウソを絶対悪として見るものではないはずだ。
年齢があがるに従い、「絶対いけないウソ」、「できればつかない方がいいウソ」「場合によっては許されるウソ」「ウソをつく方がいい場合のウソ」など、いろんなウソの存在を学習していくのが普通である。
が、あとから修正がききにくい発達障害者に「うそつきはいけません」ルールが入ると、往々にして、「正直に話さねばならない」という強迫的なものになってしまう場合があるようだ。
ここで前回の話とつながるのだが、
自閉者の場合、「嘘つきはいけない」ルールを適宜修正せずに野放しにしておくと、
「嘘つきはいけない」→「正直に話すべき」→「何事も真っ正直に対応するのが善」などというルールをこさえてしまう事がままあるようだ。
高じると、
→「回りの人間は悪い奴ばかりで信用できない」
→「正直にせず、うまく立ち回る人が許せない」
→「戦略的に動くのはいけないことだ」
→「真正直に対応しても成果を出せない自分が情けない」
などに移っていってしまうことは想像に難くない…というか、このパターンに陥っている人を見かける事は少なくない。
結果として、思い切りストレスを抱えているという人は少なくないだろう。
さて、自閉者にとっての致命的な誤学習はいくつかあるが、こう考えていくと
「正直は善である」
というのはその筆頭に上がるものの1つといえるのではないだろうか?
というのが結論である。
ところで、自閉者の私が比較的戦略的思考に抵抗がない、「正直ものルール」に縛られないで済んでいるのは何故か?そこにもちょっと触れておこう。
実際、私も正直が好きである。
楽だからだ。
ウソをつくというのはそれなりに精神的負荷を伴う。
家の中では、つい正直にペロッと言ってしまってあとから後悔ということは多々ある。
が、外ではとりあえず対外仕様で動けるし、戦略指向も強いしそのことにさほど抵抗がないのは、徹底的な教育の成果だと思われる。
またしても登場するのは私のおとっつぁん(父)である。
私が小学生の頃、融通が利かない私に対し、「ウソも方便」ということわざの意味を、何度となく父は例を引っ張ってきて理屈で解説した。
そして、そりゃもうしつこいというくらい「ウソ」というものについて小さい頃から考えさせられた。ついていけないウソ、つくべきウソ、その中間。
そして、戦略的であることは身を守るためには当然やるべき事として徹底的に教育された。
まあ、そんなわけで、陥りがちな罠に引っかからずに済んでいるわけだと思う。
話を戻そう。
「嘘つきは悪、正直は善」
この一見まともそうな観念は、まともそうなだけに一度根付くと非常に覆しがたい。
しかし、このルールが修正されないまま自閉者が成長すると、前項でも語ったように、二次障害や逆恨みの元になったりと、とてもやっかいな事になる。
だからこそ、早期の教育段階で、注意深く、これがが絶対ルールでないことを教育していくべきであると思うし、それは決して不可能な事ではないと私は考える。

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まだ続くかも…
…
ってなわけで、
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世の中、正直であることは「一応」美徳ということになっている。
「うそつきはいけません」というのはよく親に言われる台詞でもあるし、幼稚園でも習うだろう。
が、この美徳とやら、「人は結構ウソをつきやすい」という前提があっての美徳であるし、「ウソも方便」ということわざがあることからも、ウソを絶対悪として見るものではないはずだ。
年齢があがるに従い、「絶対いけないウソ」、「できればつかない方がいいウソ」「場合によっては許されるウソ」「ウソをつく方がいい場合のウソ」など、いろんなウソの存在を学習していくのが普通である。
が、あとから修正がききにくい発達障害者に「うそつきはいけません」ルールが入ると、往々にして、「正直に話さねばならない」という強迫的なものになってしまう場合があるようだ。
ここで前回の話とつながるのだが、
自閉者の場合、「嘘つきはいけない」ルールを適宜修正せずに野放しにしておくと、
「嘘つきはいけない」→「正直に話すべき」→「何事も真っ正直に対応するのが善」などというルールをこさえてしまう事がままあるようだ。
高じると、
→「回りの人間は悪い奴ばかりで信用できない」
→「正直にせず、うまく立ち回る人が許せない」
→「戦略的に動くのはいけないことだ」
→「真正直に対応しても成果を出せない自分が情けない」
などに移っていってしまうことは想像に難くない…というか、このパターンに陥っている人を見かける事は少なくない。
結果として、思い切りストレスを抱えているという人は少なくないだろう。
さて、自閉者にとっての致命的な誤学習はいくつかあるが、こう考えていくと
「正直は善である」
というのはその筆頭に上がるものの1つといえるのではないだろうか?
というのが結論である。
ところで、自閉者の私が比較的戦略的思考に抵抗がない、「正直ものルール」に縛られないで済んでいるのは何故か?そこにもちょっと触れておこう。
実際、私も正直が好きである。
楽だからだ。
ウソをつくというのはそれなりに精神的負荷を伴う。
家の中では、つい正直にペロッと言ってしまってあとから後悔ということは多々ある。
が、外ではとりあえず対外仕様で動けるし、戦略指向も強いしそのことにさほど抵抗がないのは、徹底的な教育の成果だと思われる。
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私が小学生の頃、融通が利かない私に対し、「ウソも方便」ということわざの意味を、何度となく父は例を引っ張ってきて理屈で解説した。
そして、そりゃもうしつこいというくらい「ウソ」というものについて小さい頃から考えさせられた。ついていけないウソ、つくべきウソ、その中間。
そして、戦略的であることは身を守るためには当然やるべき事として徹底的に教育された。
まあ、そんなわけで、陥りがちな罠に引っかからずに済んでいるわけだと思う。
話を戻そう。
「嘘つきは悪、正直は善」
この一見まともそうな観念は、まともそうなだけに一度根付くと非常に覆しがたい。
しかし、このルールが修正されないまま自閉者が成長すると、前項でも語ったように、二次障害や逆恨みの元になったりと、とてもやっかいな事になる。
だからこそ、早期の教育段階で、注意深く、これがが絶対ルールでないことを教育していくべきであると思うし、それは決して不可能な事ではないと私は考える。
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2012年05月01日 (火) | 編集 |
近畿ローカルで失礼します。
第24回アスパラガスの会(広汎性発達障害者のための自助会)参加登録開始のお知らせです。
日時:2012/5/26(土)14:00〜15:45
場所:大阪府柏原市内某所
(JR大和路線、近鉄道明寺線柏原駅から数分)
テーマ:就労について
参加登録期間 2011/4/30-2012/5/13
参加登録はこちらからお願いします。
PC版エントリーフォームはこちらから
携帯版エントリーフォームはこちらから
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2012年04月28日 (土) | 編集 |
久しぶりの記事だ。
このところ新年度にありがちな気力不足だったのか、コメントへのレスも書けない有様。
コメントをくれたみなさま、お返事できなくてごめんなさい。
ちゃんと読んでます。
さて…と、唐突に本題に入ってしまうことにする。
自助会だなんだで、多くの当事者に接しているといろいろ思うところがあるわけだが、アスペルガー症候群など、広汎性発達障害の場合、多くの人で「まじめ」であることからいらぬ苦労をしているように見受けられる。
簡単に言ってしまえば、「要領よく立ち回れない」の一言に尽きるのだが、これは周りにとってもストレスだし、本人にとってもストレスだと思うのだ。
安直に例を挙げよう。
例)無茶な方針を上司が打ち出して…
上司 この方針で企画書を書いてくれ
当事者 で…できません。
「方針」とやらが無理難題であることが明々白々であった場合、最終的に没にせざるを得ないのだが、そこで、いかに明々白々だろうと真っ正直に即座に「できません」と答えることは得策ではない。
まあ、まずは
「おまえ仕事する気あるのか!(怒)」
という反応を生む。
そこで、取りかかったふり、半ばできそうなふりをしつつ、逐一、相談し、できそうな代替案へと誘導しながら話を進めるのが得策というものだ。その間にほかのアイデアだって出てくるかもしれない。
が、はじめの時点で発達障害者は、真っ正直に「できません」と答えたくなってしまう。
その結果、上司との軋轢を生んだり、無茶を言う上司に対する怒りがたまってストレスためたり、逆にできない自分に嫌気がさして鬱などの二次障害になったりと…。いいことはない。
この戦略性のなさというのは発達障害者にとっての一つの大きな課題であるような気がする。
では、この真っ正直さは何故起こるか?
世の中を渡っていく上で戦略的に動くのはごく当たり前の事だが、それが発達障害者には「やってはいけないこと」という枷がかかっているようである。ある意味「バカまじめ」なのである。
定型発達者はごく当たり前に「戦略的に動く」。
これは決して悪い事ではない。ある面周囲との軋轢を生まずに物事やりおおせるための手段なのだ。
ここを学習しそこねてしまった、下手をすると
「やってはいけないこと」と誤学習してしまうこと
がこの戦略性のなさの原因であると私は考える。
戦略的に動けないのなら苦労をするのは目に見えている。
苦労をして…
鬱などの二次障害になるのもバカ臭い。
周囲に対して悶々と怒り狂うだけなら世間的には問題ないようにも思うがエネルギーの無駄だ。
怒りが高じて「逆恨み」などをして他人に迷惑をかけてしまっては大問題だ。
怒り派、迷惑派自閉さんの逆恨みとかの原因の大半は「真面目に対応したのに報われない」だったりするし、落ち込み派の自閉さんの鬱の原因の大半も「真面目に対応したのに報われない」である。
そして、原因がどっちも同じだから、これは可逆だ。
と、いうわけで、ちょっと声を大にしてアスペルガー症候群者諸君に言いたいのは
世の中もうちょっと戦略的に考えてもいいんだよ!
そしてそれは悪い事じゃない。
ということである。
ただ、「他人も多かれ少なかれ戦略的に動く」ということを許容する必要はあるということも付け加えておこう。
さて、次回はこの自閉者のバカ真面目さの奥にある根本は何だろう?ということにちょっと突っ込んでみる。
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久しぶりの
当事者分析?
…
ってなわけで、
ま、ぼちっと↑
おひとつ。
このところ新年度にありがちな気力不足だったのか、コメントへのレスも書けない有様。
コメントをくれたみなさま、お返事できなくてごめんなさい。
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さて…と、唐突に本題に入ってしまうことにする。
自助会だなんだで、多くの当事者に接しているといろいろ思うところがあるわけだが、アスペルガー症候群など、広汎性発達障害の場合、多くの人で「まじめ」であることからいらぬ苦労をしているように見受けられる。
簡単に言ってしまえば、「要領よく立ち回れない」の一言に尽きるのだが、これは周りにとってもストレスだし、本人にとってもストレスだと思うのだ。
安直に例を挙げよう。
例)無茶な方針を上司が打ち出して…
上司 この方針で企画書を書いてくれ
当事者 で…できません。
「方針」とやらが無理難題であることが明々白々であった場合、最終的に没にせざるを得ないのだが、そこで、いかに明々白々だろうと真っ正直に即座に「できません」と答えることは得策ではない。
まあ、まずは
「おまえ仕事する気あるのか!(怒)」
という反応を生む。
そこで、取りかかったふり、半ばできそうなふりをしつつ、逐一、相談し、できそうな代替案へと誘導しながら話を進めるのが得策というものだ。その間にほかのアイデアだって出てくるかもしれない。
が、はじめの時点で発達障害者は、真っ正直に「できません」と答えたくなってしまう。
その結果、上司との軋轢を生んだり、無茶を言う上司に対する怒りがたまってストレスためたり、逆にできない自分に嫌気がさして鬱などの二次障害になったりと…。いいことはない。
この戦略性のなさというのは発達障害者にとっての一つの大きな課題であるような気がする。
では、この真っ正直さは何故起こるか?
世の中を渡っていく上で戦略的に動くのはごく当たり前の事だが、それが発達障害者には「やってはいけないこと」という枷がかかっているようである。ある意味「バカまじめ」なのである。
定型発達者はごく当たり前に「戦略的に動く」。
これは決して悪い事ではない。ある面周囲との軋轢を生まずに物事やりおおせるための手段なのだ。
ここを学習しそこねてしまった、下手をすると
「やってはいけないこと」と誤学習してしまうこと
がこの戦略性のなさの原因であると私は考える。
戦略的に動けないのなら苦労をするのは目に見えている。
苦労をして…
鬱などの二次障害になるのもバカ臭い。
周囲に対して悶々と怒り狂うだけなら世間的には問題ないようにも思うがエネルギーの無駄だ。
怒りが高じて「逆恨み」などをして他人に迷惑をかけてしまっては大問題だ。
怒り派、迷惑派自閉さんの逆恨みとかの原因の大半は「真面目に対応したのに報われない」だったりするし、落ち込み派の自閉さんの鬱の原因の大半も「真面目に対応したのに報われない」である。
そして、原因がどっちも同じだから、これは可逆だ。
と、いうわけで、ちょっと声を大にしてアスペルガー症候群者諸君に言いたいのは
世の中もうちょっと戦略的に考えてもいいんだよ!
そしてそれは悪い事じゃない。
ということである。
ただ、「他人も多かれ少なかれ戦略的に動く」ということを許容する必要はあるということも付け加えておこう。
さて、次回はこの自閉者のバカ真面目さの奥にある根本は何だろう?ということにちょっと突っ込んでみる。
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2012年04月05日 (木) | 編集 |
春休みなのでミチャポンとお出かけの機会も増える。
先日、ちょっとした用事で二駅ほど先まで出かけ、用事が終わったあとアイスクリームを食べてご満悦のミチャポンと帰宅の途に。
我が家の最寄り駅はローカル臭ぷんぷんの田舎駅。当然出入り口も片側にしかない。
駅を降りるとすぐそばの踏切をわたって反対側に向かうのだが、その踏切前にはちょっと魅力的なお店がポツンとある。
いわゆる最大手パン屋系列のショップなのだが、何故か店頭に「石焼き芋機」がおいてあり、石焼き芋を販売している。
寒い季節には、そこから漂う石焼き芋の香りが何ともいえず胃の腑をくすぐる。
さて、その店の前を通りかかったミチャポンがこう言う。
「焼き芋売ってるよ」
うーん、焼き芋が食べたいようだ。
「して欲しいこと」を言い出すのが苦手なミチャポン流の表現であることは間違いない。
しかしここですぐに焼き芋をかってあげてはいけないような気がする。
根拠はない、何となくの勘だ。
そのまま歩き、
「うん、焼き芋売ってるね」と答え、脇目を振らず踏切の方に。
「焼き芋売ってる…」ちょっと小声になり繰り替えずミチャポン
踏切をわたりきったところで立ち止まり、ミチャポンに向かって言ってみる。
「ねえ、みーちゃん、焼き芋食べたいなら「焼き芋買って!」って言わなきゃわからないよ」
「…でも、ここまで来ちゃったらダメでしょ。」
(踏切が勝手に設定した関門だったらしい…)
「さあ、どうだろうねえ、とりあえずちゃんとママにいってみて!」
ちょっとの沈黙の後、ミチャポンから声が出た。
「…、焼き芋食べたい、焼き芋買って!」
「よっしゃ、よく言えたね、じゃ、焼き芋買いに行こう」
踵をかえし、踏切をまた反対方向にわたり、ヤ○○キショップへ。
…
再び踏切へと向かった時にはほかほかの焼き芋を握りしめ、満面の笑顔のミチャポンがいた。
「言ってみてよかった〜!!」
河原沿いの道を歩きながらミチャポンが言う。
とりあえずめでたしめでたし。

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焼き芋のシーズンも
終わりかな?
…
ま、ぼちっと↑
おひとつ。
先日、ちょっとした用事で二駅ほど先まで出かけ、用事が終わったあとアイスクリームを食べてご満悦のミチャポンと帰宅の途に。
我が家の最寄り駅はローカル臭ぷんぷんの田舎駅。当然出入り口も片側にしかない。
駅を降りるとすぐそばの踏切をわたって反対側に向かうのだが、その踏切前にはちょっと魅力的なお店がポツンとある。
いわゆる最大手パン屋系列のショップなのだが、何故か店頭に「石焼き芋機」がおいてあり、石焼き芋を販売している。
寒い季節には、そこから漂う石焼き芋の香りが何ともいえず胃の腑をくすぐる。
さて、その店の前を通りかかったミチャポンがこう言う。
「焼き芋売ってるよ」
うーん、焼き芋が食べたいようだ。
「して欲しいこと」を言い出すのが苦手なミチャポン流の表現であることは間違いない。
しかしここですぐに焼き芋をかってあげてはいけないような気がする。
根拠はない、何となくの勘だ。
そのまま歩き、
「うん、焼き芋売ってるね」と答え、脇目を振らず踏切の方に。
「焼き芋売ってる…」ちょっと小声になり繰り替えずミチャポン
踏切をわたりきったところで立ち止まり、ミチャポンに向かって言ってみる。
「ねえ、みーちゃん、焼き芋食べたいなら「焼き芋買って!」って言わなきゃわからないよ」
「…でも、ここまで来ちゃったらダメでしょ。」
(踏切が勝手に設定した関門だったらしい…)
「さあ、どうだろうねえ、とりあえずちゃんとママにいってみて!」
ちょっとの沈黙の後、ミチャポンから声が出た。
「…、焼き芋食べたい、焼き芋買って!」
「よっしゃ、よく言えたね、じゃ、焼き芋買いに行こう」
踵をかえし、踏切をまた反対方向にわたり、ヤ○○キショップへ。
…
再び踏切へと向かった時にはほかほかの焼き芋を握りしめ、満面の笑顔のミチャポンがいた。
「言ってみてよかった〜!!」
河原沿いの道を歩きながらミチャポンが言う。
とりあえずめでたしめでたし。
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2012年03月26日 (月) | 編集 |
療養日記を書くのを忘れていた。
どうもこそこそと体調不良が続く。
風邪が治ったと思ったら10日ほど前に久々にぎっくり腰になり、1週間ほどかかってやっと治ったのだ。
せっかく肩や膝の痛みがかなりマシになっているというのに、また痛みとおつきあい。正直、もう笑うっきゃないが、笑うと痛みが走るので笑うに笑えない状態であった。
さて、まずは精神科
変わりないので取り立てて書くことがない。
冬眠モードが解けてきたのか、眠りすぎるということも少なくなってきたので別段困ることもない。
ブログの更新頻度が上がってきているので脳みその活動性能もまずまずといったところ。
整形外科
治験薬が効いているのか、とにかく肩の調子も膝の調子も上向きつつあるといった感じ。
階段降りるのが格段に楽になっている。
肩も痛くて痛くて…という状態にならずに過ごせている。
検査数値も前よりかなり良くなった。
このままずっと調子が良ければいいなあというところ。
注射の日の手前でちょっと調子が崩れる感はあるが、以前に比べたらたいした事はない。
なんかヤク中みたいだが、2週間に一回の注射が待ち遠しい。
==お薬一覧==
★精神科
エビリファイ12ミリ(朝)
ジェイゾロフト50ミリ
トレドミン50ミリ
ハルシオン0.25ミリ (寝る前)
セパゾン2ミリ(寝る前)
(1日量)
セルシン5ミリ
リスパダール液1mg/ml
(頓服)
★整形外科
プレドニン5mg/日(朝)
リウマトレックス8mg/週
フォリアミン5mg/週
ロキソニン60mg×3/日
ムコスタ100mg×3/日
2週間に一度、治験薬の注射
★内科
オルメテック20mg(朝)

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いつもので
恐縮ですが
…
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どうもこそこそと体調不良が続く。
風邪が治ったと思ったら10日ほど前に久々にぎっくり腰になり、1週間ほどかかってやっと治ったのだ。
せっかく肩や膝の痛みがかなりマシになっているというのに、また痛みとおつきあい。正直、もう笑うっきゃないが、笑うと痛みが走るので笑うに笑えない状態であった。
さて、まずは精神科
変わりないので取り立てて書くことがない。
冬眠モードが解けてきたのか、眠りすぎるということも少なくなってきたので別段困ることもない。
ブログの更新頻度が上がってきているので脳みその活動性能もまずまずといったところ。
整形外科
治験薬が効いているのか、とにかく肩の調子も膝の調子も上向きつつあるといった感じ。
階段降りるのが格段に楽になっている。
肩も痛くて痛くて…という状態にならずに過ごせている。
検査数値も前よりかなり良くなった。
このままずっと調子が良ければいいなあというところ。
注射の日の手前でちょっと調子が崩れる感はあるが、以前に比べたらたいした事はない。
なんかヤク中みたいだが、2週間に一回の注射が待ち遠しい。
==お薬一覧==
★精神科
エビリファイ12ミリ(朝)
ジェイゾロフト50ミリ
トレドミン50ミリ
ハルシオン0.25ミリ (寝る前)
セパゾン2ミリ(寝る前)
(1日量)
セルシン5ミリ
リスパダール液1mg/ml
(頓服)
★整形外科
プレドニン5mg/日(朝)
リウマトレックス8mg/週
フォリアミン5mg/週
ロキソニン60mg×3/日
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2012年03月24日 (土) | 編集 |
私は脳みそフェチであることを自認している。
中学生の頃、自分の脳みそがかわいくなって以来、脳みそを活用する事に執着してきた。
実感としては、脳は無意識も含めて、活用可能であるし、適度な負荷をかけることによって何らかの発達をしていくと思っている。
だから発達障害であったとしても、私は脳みそをあきらめていない。
簡潔に表すと三十一文字でこんな感じ。↓
二次障害 なければただの変な人 できることなら結構あるよ
こういう私にとって「待望」ともいえる本を見つけた。
(といっても去年の6月発売だったが…)
というわけで、本の紹介をするとしよう。
活かそう発達障害脳/長沼睦雄 著
この本はタイトルにもあるように、「発達障害者の脳みそ活用法」の本である。
最新の脳科学・神経科学と発達障害者の脳みそをリンクさせる情報が満載。
ちょっと字が細かいが、対談形式の本なので非常に読みやすい。
会話の流れが自然なためだろうか、難しい内容を扱っているにもかかわらず、ホイホイ読み進む事ができる。
目次をあげておこう。
各章、とても読み応えがあり、脳みそフェチとしては大満足…なのだが、これだけでは書評にならないのでもう少し詳しくいってみる。
特に印象に残ったのが、脳について考える範囲を無意識にまで拡張し、発達障害を「高次脳機能障害」の一種として考えるという切り口。
この切り口を用いる事によって、「特性をどう活かすか」という問題に解決の糸口をつけている。
この視点によって脳の機能向上やコントロールのの手段がさまざまに考え得るといったことが担保されるのだからこれは大きい。
というわけで、当然のことながら、この本のあちらこちらに、脳を適度な活動性にコントロールする身近な手段や、脳の機能を発達させる身近な手段が記述されている。
また、詳細な脳機能のアセスメントからの「支援」+「自己改善」の方向性についても解説しているので、単に脳機能の解説にとどまらず、実地で役立つことに直結している知恵がふんだんに盛り込まれているのも頼もしい。
さらに特筆すべきは、脳と身体の関係について、かなり詳細に触れている事だ。
身体からの発達障害児者の機能改善については感覚統合療法などが有名だが、それを含めてさまざまな方法論があることだけでなしに、身体からのアプローチと脳機能との関係について、新たな知見をふんだんに紹介している。
また、著者は診療上、アセスメントを非常に重要視しているということで、その多岐にわたる分類(それも支援直結の!)も紹介されている。
その一つに、とても役に立ちそうな発達障害理解のための新しい概念がある。
「刺激敏感性(HSP)」と「刺激追求性(HSS)」
この2軸で分類することによって、今までより格段に細かいアセスメントが可能になるというものだ。また、この二軸の性質と自律神経系の関係についての説明もなされている。
ま、とにかく「これでもか」というくらい、脳科学に裏打ちされたいろんなアプローチが飛び出すので、
「発達障害は治らない→打つ手がない」という罠
に落ち込まずに済むという点でも、非常に頼もしい本である。
当事者本人、発達障害児の親御さん、支援者のいずれにとってもとても役立つ本であることだけは間違いないと思う。
…
実はこの本、ちょっとだけ惜しいなあと思うのが表や図が少なめだということ。
視覚優位の発達障害者としては図や表にまとめてあったらもっと脳みそに入りやすいのに〜!と思う。
ただ、これはこの本の編集者と私の脳みその脳みそのタイプの差(文字型の継時処理タイプ(編集者)←→イメージ型の同時処理タイプ(私))なのだと思うので、そこは仕方のないところなのかもしれない。(…ということもこの本からわかった!)
…などと思っていたら、長沼氏作成の図表中心のいい資料がWEB上にあるという事をツィッターしてて教えてもらったので紹介しておく↓
http://homepage3.nifty.com/aries/dd-new.pdf
この本を読むときに併用すれば、図表が好きなタイプの人がより理解しやすく、印象に残りやすくなるかもしれない。

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脳は変化する
んですよ〜!
…
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おひとつ。
中学生の頃、自分の脳みそがかわいくなって以来、脳みそを活用する事に執着してきた。
実感としては、脳は無意識も含めて、活用可能であるし、適度な負荷をかけることによって何らかの発達をしていくと思っている。
だから発達障害であったとしても、私は脳みそをあきらめていない。
簡潔に表すと三十一文字でこんな感じ。↓
二次障害 なければただの変な人 できることなら結構あるよ
こういう私にとって「待望」ともいえる本を見つけた。
(といっても去年の6月発売だったが…)
というわけで、本の紹介をするとしよう。
活かそう発達障害脳/長沼睦雄 著
![]() | 活かそう!発達障害脳―「いいところを伸ばす」は治療です。 長沼 睦雄 花風社 2011-06 by G-Tools |
この本はタイトルにもあるように、「発達障害者の脳みそ活用法」の本である。
最新の脳科学・神経科学と発達障害者の脳みそをリンクさせる情報が満載。
ちょっと字が細かいが、対談形式の本なので非常に読みやすい。
会話の流れが自然なためだろうか、難しい内容を扱っているにもかかわらず、ホイホイ読み進む事ができる。
目次をあげておこう。
第1章 「発達障がい」を脳から説明してみよう
第2章 脳汁の話―発達障がいと薬物治療
第3章 「いいところを活かす」のは治療です
第4章 脳の連携プレイを活かそう
第5章 脳みそのかたちを知る―発達援助につなげるためのアセスメント
各章、とても読み応えがあり、脳みそフェチとしては大満足…なのだが、これだけでは書評にならないのでもう少し詳しくいってみる。
特に印象に残ったのが、脳について考える範囲を無意識にまで拡張し、発達障害を「高次脳機能障害」の一種として考えるという切り口。
この切り口を用いる事によって、「特性をどう活かすか」という問題に解決の糸口をつけている。
この視点によって脳の機能向上やコントロールのの手段がさまざまに考え得るといったことが担保されるのだからこれは大きい。
というわけで、当然のことながら、この本のあちらこちらに、脳を適度な活動性にコントロールする身近な手段や、脳の機能を発達させる身近な手段が記述されている。
また、詳細な脳機能のアセスメントからの「支援」+「自己改善」の方向性についても解説しているので、単に脳機能の解説にとどまらず、実地で役立つことに直結している知恵がふんだんに盛り込まれているのも頼もしい。
さらに特筆すべきは、脳と身体の関係について、かなり詳細に触れている事だ。
身体からの発達障害児者の機能改善については感覚統合療法などが有名だが、それを含めてさまざまな方法論があることだけでなしに、身体からのアプローチと脳機能との関係について、新たな知見をふんだんに紹介している。
また、著者は診療上、アセスメントを非常に重要視しているということで、その多岐にわたる分類(それも支援直結の!)も紹介されている。
その一つに、とても役に立ちそうな発達障害理解のための新しい概念がある。
「刺激敏感性(HSP)」と「刺激追求性(HSS)」
この2軸で分類することによって、今までより格段に細かいアセスメントが可能になるというものだ。また、この二軸の性質と自律神経系の関係についての説明もなされている。
ま、とにかく「これでもか」というくらい、脳科学に裏打ちされたいろんなアプローチが飛び出すので、
「発達障害は治らない→打つ手がない」という罠
に落ち込まずに済むという点でも、非常に頼もしい本である。
当事者本人、発達障害児の親御さん、支援者のいずれにとってもとても役立つ本であることだけは間違いないと思う。
…
実はこの本、ちょっとだけ惜しいなあと思うのが表や図が少なめだということ。
視覚優位の発達障害者としては図や表にまとめてあったらもっと脳みそに入りやすいのに〜!と思う。
ただ、これはこの本の編集者と私の脳みその脳みそのタイプの差(文字型の継時処理タイプ(編集者)←→イメージ型の同時処理タイプ(私))なのだと思うので、そこは仕方のないところなのかもしれない。(…ということもこの本からわかった!)
…などと思っていたら、長沼氏作成の図表中心のいい資料がWEB上にあるという事をツィッターしてて教えてもらったので紹介しておく↓
http://homepage3.nifty.com/aries/dd-new.pdf
この本を読むときに併用すれば、図表が好きなタイプの人がより理解しやすく、印象に残りやすくなるかもしれない。
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2012年03月21日 (水) | 編集 |
ミチャポンが「連絡帳なくなったから買ってきて〜」と言ってたので、昨日スーパーのノート売り場に行った。
売り場で各種の小学生向けのノートを見るたびに、思い出す事がある。
それは私の小中学生の頃、毎学年末、白紙のページが大量に残ったノートをどうするか?と困っていたという事だ。
私はノートというものがとれなかった。
授業に出てもノートがとれないので、ノートのページの消費量が非常に少なく、その結果、毎度学年末になると
「もったいないな〜、どうしよう」
という事態に陥るというわけだ。
算数(数学)のノートは問題を解く必要があるから、適当に消費する。漢字書き取り用のノートも然り。だが、ほかの教科のノートはことごとく「もったいない」状態になってしまう。
この現象をいま振り返って見るに、「ノートをとる」ということそのものがわかってなかったような気がする。
とにかく板書を丸ごと写せばいいというのにはどうにも納得がいかなかった。
また、教科書に書いてあることに関しては、何故もう一度同じ事を書かねばいけないのか納得がいかなかった。
となると、ノートはいきおい、授業の重要な部分を自分の頭で構成し直して、自分に必要な事だけをわかりやすく記述していくというイメージとなっていく。
毎学期はじめにはそれを目指して授業を聞こうとがんばるのだが、すぐに理解できたり、すでに理解していたりすることが多いと、ノートをとるネタがなくなってくる。
さらに悪いことに、ネタがある場合には、前述のような丁寧な作業をしていると時間がなくなってくるし、逆に授業を聞くことがおろそかになってしまったりする。
結果、「ノートをとらない不真面目な子」というあまりありがたくない評価をいただいて、なおかつ、「学期末もったいない現象」に悩まされるということになる。
考えてみたら「ノートをとる」という作業は結構理解するのが難しい使い回しなのかもしれない。
1.板書を丸写しする
2.自分なりにまとめる
3.重要ポイントのメモをとる。
この3つのかなりかけ離れた作業の指示を
「ノートをとりなさい」
の一言ですませているのだから、わかりにくくて当然といえば当然だ。
このあたり、たぶん定型発達の子はうまく使い分けを自然に覚えて使い分けをしているのだろう。
そして、アスペルガーな私にはそれができなかったという事なんだろうと今になって思う。
高校あたりから、授業中は3.でいいやと開き直り、ルーズリーフを使うことで、「もったいない現象」とはおさらばしたが、板書を写す系のノートをとる作業に何の意味があるのかははっきり言って未だよくわからない。
で、何が言いたいのかというと…。
ASD児がノートがとれないということに関して、ワーキングメモリーが足りないから板書が写せないのだといった話も耳にするのだが、「(授業中に)ノートをとる」ということの意味が理解(or納得)できていないためという可能性もあるということを支援者(特に学校教員の皆さん)には頭の隅においておいて欲しいなあ…と思うのでした。
そうそう、もったいない現象の果て…の、白紙のページたちは切り取られ、
たいていはお絵かきに使われたのでした。
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なのかもしれない
…
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2012年03月18日 (日) | 編集 |
先週の木曜日、その数日前に注文していた地球儀が我が家に届いた。
ずっと買おう買おうと思いつつ、何となく買いそびれていた。
買ったのは全回転型(南北にも回転するタイプ)の直径30センチのもの。
全回転型にはちょっと私のこだわりがある。
ずっと実家にあったのが全回転型だったのだ。
ちょっと値は張るが、全回転型は格段に見やすいので買うならそれと決めていた。
で、先々週の週末にとうとう意を決し注文。それが届いたのだ。
昼前、いつもの時間にクロネコのおにーさんが運んできてくれたそれを受け取り、段ボールをあけると待望の地球儀のカラーの箱が入っている。
わかっていはいたが結構大きい。
とりあえず仏間に持ち込んだ地球儀の箱は経机の上でミチャポンの帰りをしばし待つことになる。
さて、下校時間が過ぎてしばらく…。
帰ってきたミチャポンに「地球儀きているよ〜、仏間にいってごらん」と、言うとミチャポンは一目散に仏間に向かう。
私も一緒に仏間に行き、箱から地球儀を取り出す。
思いっきりうきうきした様子で地球儀を出す私の手先を見つめ
「きゃー、本物っぽい〜」
という。
そして、30秒ほどで出てきた地球儀を見て、ミチャポンが
「うわー、本物だあ、本物の地球儀!」
とのたまいクルクル回しはじめる。
喜んでくれるのはとてもうれしいが、ついつい
「偽物の地球儀っていったいどんなんだい?」
とつっこみを入れたくなる。
だが、あまりに喜んでいるので
たぶんミチャポンの「これが地球儀!」というイメージとぴったり合ったのだろうと思い、口をつぐんだのであった。
はじめの「本物っぽい」は謎といえば謎だが、
何かしら「本物の○○」に彼女なりのこだわりがあるのかもしれない。
(そういえばミチャポンには、マグロにも本物と偽物があったっけ)
ともあれ、かくして「本物の地球儀」はミチャポンの机の横の棚の上に鎮座することになった。

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ずっと買おう買おうと思いつつ、何となく買いそびれていた。
買ったのは全回転型(南北にも回転するタイプ)の直径30センチのもの。
全回転型にはちょっと私のこだわりがある。
ずっと実家にあったのが全回転型だったのだ。
ちょっと値は張るが、全回転型は格段に見やすいので買うならそれと決めていた。
で、先々週の週末にとうとう意を決し注文。それが届いたのだ。
昼前、いつもの時間にクロネコのおにーさんが運んできてくれたそれを受け取り、段ボールをあけると待望の地球儀のカラーの箱が入っている。
わかっていはいたが結構大きい。
とりあえず仏間に持ち込んだ地球儀の箱は経机の上でミチャポンの帰りをしばし待つことになる。
さて、下校時間が過ぎてしばらく…。
帰ってきたミチャポンに「地球儀きているよ〜、仏間にいってごらん」と、言うとミチャポンは一目散に仏間に向かう。
私も一緒に仏間に行き、箱から地球儀を取り出す。
思いっきりうきうきした様子で地球儀を出す私の手先を見つめ
「きゃー、本物っぽい〜」
という。
そして、30秒ほどで出てきた地球儀を見て、ミチャポンが
「うわー、本物だあ、本物の地球儀!」
とのたまいクルクル回しはじめる。
喜んでくれるのはとてもうれしいが、ついつい
「偽物の地球儀っていったいどんなんだい?」
とつっこみを入れたくなる。
だが、あまりに喜んでいるので
たぶんミチャポンの「これが地球儀!」というイメージとぴったり合ったのだろうと思い、口をつぐんだのであった。
はじめの「本物っぽい」は謎といえば謎だが、
何かしら「本物の○○」に彼女なりのこだわりがあるのかもしれない。
(そういえばミチャポンには、マグロにも本物と偽物があったっけ)
ともあれ、かくして「本物の地球儀」はミチャポンの机の横の棚の上に鎮座することになった。
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2012年03月14日 (水) | 編集 |
2012年3月11日 静岡県藤枝市に行ってきた。
藤枝市社会福祉協議会主催の「大人のための福祉講座」という全3回の講演会のうち、1回の講師を務めさせていただいた。
静岡には1度目の学生時代に住んでいたのでとっても懐かしい。
で、お題は「発達障害とともに、共生への道を探る」
実例を中心にアスペルガー症候群についてと、定型発達者分析をはじめとして、共生への模索について、1時間半ほどしゃべってきた。
内容は…このブログの内容の抜粋(つぎはぎ)なので省略として、藤枝紀行を書いてみよう。
=================
前夜、例によって仮眠をとってから、いつもの通り1時半起床。タヌキの弁当と朝食を作りタヌキを送り出したのが3時15分。。
それから、原稿の仕上げと身支度を調え、朝まだ暗い4:50、最寄りの駅へと自転車で向かう。
駐輪場に自転車を置き、いざ出発。
今回の問題はミスが許されないということだ。
何のミスか…乗り継ぎである。
10時からの講演に間に合わせるために9時半までに会場入りをしなければならない。
となると乗り過ごしは絶対に許されない。
かなり緊張する。
天王寺で地下鉄御堂筋線への乗り換えは大成功。
一本早い電車に乗れた。
新大阪につく頃には夜も明けてきた。
さて、新幹線。地下鉄の早めの一本が効いたので、2本早い新幹線(のぞみ)に乗れた。
さあ、次は名古屋で寝過ごさずに乗り換えをせねば
ここで乗り過ごすと新横浜までスキップだから取り返しがつかない。
寝ないために、人通りの多い出入り口そばの座席に座り、原稿のチェックに入る。
幸い緊張感があったためか寝ないで済んだ。
名古屋到着から20分弱の乗り継ぎ…、売店で名古屋名物「地雷也の天むす」をゲット。
車中で朝食を食べることに。
なんでこんなに美味しいのかなあ…地雷也の天むす!
朝日がまぶしいが、まぶしさが眠気覚ましになってくれた…
食べ終わるともう豊川を過ぎるあたり
…食後にふと思い出す、薬!!
痛み止めから何から何まで、薬を持ってくるのを忘れたではないか…。
幸いまだ関節の痛みは来ていない…。
これはかなり焦る。
藤枝に着いたらまず薬屋に飛び込んで痛み止めのロキソニンだけでもゲットすべきか…いや、9時では薬屋が開いていないだろう…うーん…困った。
緊張で持たせるしかない!
(帰りは何とかなるだろう。)
そうこう呻吟しているうちに車窓には浜名湖が!
うおー!8年ぶりの浜名湖だあ!!!
周辺の養鰻池も少なくはなったものの健在のようである。
そこからはあっという間に浜松到着。
東海道線に乗り換えて最終目的地の藤枝へはあと50分。
座れないと思っていたのだが、幸いにも座れてしまった…
座ると怖いのは眠くなる事である。
が、浜松を出発すると、懐かしい風景が次々と登場するので、
眠くなる間がない。
天竜川、磐田、袋井、掛川…
学生時代に何度往復したかわからない静岡・浜松間である。
懐かしいことこの上ない。風景の移り変わりを見ているだけで飽きない。
茶畑の緑の縞模様は相変わらず美しい。
掛川を過ぎるあたりから、牧ノ原名物の霧も発生!
その霧も大井川に出るとぱっとなくなり、明るい青空…。
そして8時50分に藤枝駅到着。
良かった〜、寝過ごさずに済んだ!!
ここまで来ればもう大丈夫!
ほっとして駅前に出ると、商店街はまだシャッターが閉まったまま。
薬の入手はあきらめてタクシーで会場へ。
それにしても暖かい!大阪は寒かったのに…
やはり静岡は温暖な土地なのであった。
暖かい風が懐かしい。
=================
しかしまあ、今回の講演…、いわゆる「動員」がない講演会だったためか、聴衆の皆さん、とても熱心に聞いておられたのに感動!
ところで、質疑応答の部分で、とっても印象に残った質問が…。
精神病者の当事者団体の方から、
「いったいどこまで譲ればいいのかと思うときがある。どうしたらいいのか?」
という質問があった。
お話から察するに、地方では当事者団体の住み分けができておらず、精神病者(統合失調症の方が主体)の団体にアスペルガーの人間が入ることが少なからずあり、結構人間関係に困っているという事のようだ。
統合失調症者の大半は定型発達者…それもまじめでナイーブな方が多い。
そこに二次障害を抱えたアスペルガー症候群者が入る…ということは、一般の社会以上に難しい面をはらむのかもしれないと思ってしまった。
私には「分科会形式を使ってみるのも一手では?」以上の明確な回答ができなかった。
本当に…これは難しい問題だと思う。
================
さて、
終了後もたくさんのご質問等があり、最終的に帰途についたのが12時40分。
駅前のドトールでコーヒーを飲み、東海道線の電車に駆け込んだのが13時ちょうど。
掛川でうなぎパイを買って新大阪行きの新幹線に乗り換え。終着までぐっすり寝るつもり…だったが豊川から米原までうつらうつらしただけだった。
最寄り駅に着いたのが16時30分。
駅前のスーパーに寄って鍋の材料を買い込み、17時には帰宅した。
大阪、寒っ!
ってなわけで、約12時間の藤枝紀行であった。
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おひとつ。
2012年03月04日 (日) | 編集 |
近畿ローカルで失礼します。
第23回アスパラガスの会(広汎性発達障害者のための自助会)参加登録開始のお知らせです。
日時:2012/4/28(土)14:00〜15:45
場所:大阪府柏原市内某所
(JR大和路線、近鉄道明寺線柏原駅から数分)
テーマ:二次障害について
参加登録期間 2011/3/4-2012/4/15
参加登録はこちらからお願いします。
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