成人アスペルガー症候群当事者の狸穴猫(まみあなねこ)が、超アスペルガー的な日々の生活とPTSDの療養、アスペルガー症候群当事者の目から見た発達障害論について綴ります。
2008年05月18日 (日) | 編集 |
この話題を「アスペルガー的日常」のカテゴリーに入れていいものか正直迷ったんですが、確かにウチの日常の一幕なんで「アスペルガー的日常」に突っ込むことにした。


さて、ウチの旦那、即ちタヌキは自分のブログを持っている。
そして、閑古鳥が鳴こうがなにしようがマイペースで持論をブログ上で展開している。


それはいいのだが、ここ数日、タヌキは自分のパソコンに向かってなにやら非常に熱中している様子。
だいたいそう言うときは自分の論に自信をもって論を展開しているときだ。




時間を忘れてこもりきりになるからすぐ判る。


こういうときは、「のりにのって」いるから意見が過激になる。


で…


問題は話題がアスペルガー症候群に関することと言うことだ。



私が気がついたときにはなんと…



シリーズ3本目に突入していた。
第1回 第2回 第3回


気がつけば話題は「アスペ児のしつけ」である。





こだわりに関しては私の数倍上をいく。


思いこみも同様だ




そんなタヌキが日常行動に即したアスペ論を展開している…


これからもっと過激になることが容易に想像がつく…。



だが結構面白い。



いつまで続くか…そしてその論の行く末で家庭内にどんなルールが持ち込まれるのか…



くわばらくわばら…



なのである。




にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害・自閉症へ
にほんブログ村
発達障害ランキング


↑ブログランキング参加してます。↑

いえね…この恐怖…
紹介したかった
だけなんですが
まあ、その〜
ぼちっと…


2008年04月17日 (木) | 編集 |
私が軽い高血圧?であったことは前稿で書いたが、この話にはおまけがくっついている。


血圧計が届いた翌日、タヌキの血圧を測ってみたのだ。


高い!上が180超えている。

それでもタヌキは「酒飲んだしそんなもんさ」と…


ところが、翌日、計り直して事態は一変する。


なんと230を超えていたのだ!


当然下も150超


タヌキの顔色が変わってくる。


私も驚いた。
いつ倒れてもおかしくない数値である。


タヌキの母親はずっと高血圧で、結局脳梗塞で亡くなったのだった。
その遺伝子はタヌキにも…


ちょっとちょっと!である。


あわくってWebで高血圧について調べると…


タヌキには心当たりのあることが多々あったようだ。


頭痛・めまい・のぼせ・ふらつき・原因不明の咳…


頭痛がする…といって寝室に引きこもり狸寝入りを決め込むタヌキ。
私の血圧のことなんかふっとんでしまった。






数時間後、自分が重度の高血圧であるということを自覚したタヌキが取った行動は迅速だった。


「酒、やめるわ」



「とにかくやせる!」



そうだ、タヌキはBMI28のれっきとした肥満だ。
私のBMI26を笑えない「デブ」なのだ。


やせればかなり血圧は下がるはず。



翌々日には仕事を休み、医者に行き、降圧薬をもらってきた。



酒の他にもあった悪習(スポーツ飲料のがぶ飲み、人参ドリンクの愛用、カフェイン剤の濫用)も一切やめた。


徹底しだすとアスペルガー的に完璧にこだわる。
スポーツドリンクは血圧にいいという漢方茶に切り替えだ。
そして私は「減塩・ダイエットメニュー」づくり係に任命された。



アスペルガーらしく、血圧の記録はしっかり毎日取っている。



============



まあ、その〜、発覚後3週間、薬が効いたのか他のが効いたのか、とにかく体重は1キロ
減、血圧も上が160下が100前後に落ち着いてきたわけだが、私のめまいを発端にして、とんだタヌキの高血圧騒ぎに発展したのであった。


当然軽度肥満であった私もダイエットに巻き込まれたことは言うまでもない。




詳しくは
「高血圧に負けるな メタボ夫婦のダイエット日記」をどうぞ。
毎日の我が家のメニューも載せていく予定。







にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害・自閉症へ
にほんブログ村
発達障害ランキング


↑ブログランキング参加してます。↑

ダイエット応援と…
そういうことで
ぼちっとしていって
いただけると…
うれしいです〜




2007年12月11日 (火) | 編集 |
私は常々、うちのタヌキ(=亭主)はアスペルガー症候群なんじゃないかと疑っている。


こだわり満載、コレクター、過集中、見通しの立たないのが苦手、かんしゃく持ち、画像型記憶、AQはかれば私と同じレベルの結果、等々、数え上げたらきりがない。


一応社会適応できて(あくまで一応である、リストラ歴ありだもんね)一家の大黒柱をやってられるので診断の必要性が切迫していないから診断を受けていないが非常に怪しい。


交通安全・交通ルールにこだわるのも並大抵じゃない。
で、今日はその話である。


===========

ある日の夕方



「今日も自転車の二人乗りをしていた奴がいた、あいつら何考えてるんじゃあ!!」

帰って来るなり息子が吠える。


しばらくして亭主が帰って来る


「まったく、河内の奴らはなっとらん、自転車は左だって学校で習っただろうに!!」

と、亭主も吠える。


夕方のうちの中のありがちな光景である。
2人とも、交通ルールを他人が守らないのに対し年中腹を立てている。


「少年野球の連中の自転車軍団はひどい!指導者は野球教える前に自転車の交通安全を教えろ!」
「信号で止まっていたら白い目で見る奴らがどうかしている!」
「信号無視する奴ら車にひかれちまえ」
「今日は右側走っていたおばはんどなってやった!」
「自転車の脇を平気で猛スピードで通る車が多い、何考えてるんだ」


等々…なにせ年がら年中のことなんで私も全部は憶えていられないのだが、交通ルールに関するこだわりが2人とも極端に強い。というわけで、この辺に関してだけ妙に意見が一致してしまう。


ま、アスペルガー診断済みの息子に関しては、アスペゆえのこだわりと思うが、実はこの交通ルールに関するこだわりは亭主の方が一枚も二枚も上手である。


うちの亭主は「このくらい防衛策をとらないと」とばかりに以下のような装束で毎日自転車通勤している。


交通安全タヌキ



見ての通り、蛍光チョッキに、さらにピカピカ光る安全灯を肩に(即ち車道側に)つけている。(画像では見えないが後ろ側にもついていて計2つ)


おまけにパワーアップと称してこの写真を撮った後、上腕部にもう一つ安全灯を増やした。
さらに亭主の自転車のかごには安全灯がもう一つ。



さすがに目立つ。


…近所でも名物になっている。



が、当人はご満悦である。



亭主曰く、


「これで事故に遭ったら車の方が100%悪い!」

だそうだ。



こだわりもここまで来ればあっぱれであるので私はもうなにも言わない。
(電池代が多少気にかかるが保険だと思っておこう)



しかしこれが亭主のアスペルガーを私が疑い続ける1つの理由である。



交通ルールにこだわるアスペっ子がそのまま中年親父になるとこうなるという例のような気がする。



ちなみに本人は自身のアスペルガー疑惑に関してどう考えているかというと、
「間違いなく俺もアスペルガーだ!!」
「もっと早く分かっていたらいらん苦労せずにすんだのにな」
と言っている。



なお、画像は本人の承諾をとって掲載しています

…というより、実は本人の希望です「載せろ」って…


このオッサンはやっぱりアスペルガー症候群なんだろうか…???


とりあえず、家中アスペルガーを前提にしていると家の中は平和である。









にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 発達障害・自閉症へ
にほんブログ村 発達障害・自閉症

↑ブログランキング参加してます。↑

あの〜、ちょこっとボチッとして
いっていただけると…
とてもうれしいのですが…








2007年10月13日 (土) | 編集 |
私は行事というものが嫌いである。

行事自体も興味がない。
さらに行事の準備というのがどうにもいけない。
これがアスペルガーのせいかというと、多分そうだろう。


で、今は娘の保育所での「行事」の準備に翻弄される。
今日の運動会にやっぱり翻弄された。


数日前のこと、

20分ほど歩いた準急停車駅の駅前のスーパーまで白いTシャツを購入しにいったのだが、

無い!


95か100というサイズが欲しいのだが一番小さいのが120!大きすぎる。


4階まであるそれなりに全国チェーンの大きいスーパーだからそのくらいあると思ったのが甘かった。


仕方ないのでかろうじて予定が空いている金曜に二つ先の駅前のスーパーまで買いに行くことにするのだが、不安が襲ってくる。


「あるんだろうか…」
「無かったらどうしよう」


前の記事で書いたパニックの一因だったりもする。


仕事をしながらこ〜いうことを軽々とこなしてしまう定型発達の人ってどんな頭の使い方をしているのだろうと疑問でならない。


と思うと同時に、行事に関するもう一つの疑問が浮かんでくる。


今日は運動会、場所取りしてカメラ構えて…という感覚が私って持てないのだ。

だから娘の出番までちょっと時間が空いたので家に戻ってこういう記事を書いているのだけれど、この間にも運動会の会場は人で埋まっているはずである。
会場では歓声がわき、拍手が響き、お母さん達の世間話の花が咲き…

こーんな感じで運動会で盛り上がっている皆さんの思考ってどうなっているんだろう?。

私の長年の疑問でもある。


ともあれ、うちの旦那は私と同様の感覚しかないせいか、カメラ係を私に任せ朝寝を決め込んでいる。


さて、そろそろ保育所に戻るか…親子競技の時間だ。


2007年08月16日 (木) | 編集 |
それは寝ている間に起こった。


正確には関節炎の痛みがひどいので痛み止めを飲んで一寝入りしている間に起こったのだが…


お盆休み初めの12日、そんなわけで昼寝をしている間にタヌキ(亭主)が台所の配置をいじったのだ。


かねてより使いづらかったオーブンレンジの位置を、廃物利用の年代物のミシン台を台所に持ち込んでその上に置いた。


ただでさえ広くない台所に一つ物を持ち込んだ訳で、とにかく、使いにくい!
その上に動きにくい!


当のタヌキは「いいことをしてやった」という雰囲気である。


ところが私はというと、完全にパニックを起こしてしまった。
寝て起きたら配置が変わっていたというのもまずかった。


とかくアスペルガーは急激な変化に弱い。
私は特にその傾向がある。


台所を早く何とかしないとと言う方向に頭が暴走、
夕ご飯を作る方向に全く頭が働かない。


「台所が〜」とつぶやきながらウロウロ。
息子が「明日何とかしよう」というのも耳に入っているのだが頭に入らない。


完全にパニック状態。

これ以上頭が暴走したらまずいのでと頓服のセルシンを飲む…が、あまり効かない。


何とか息子に促されてかなり遅めに夕ご飯を作ったが、食事をしてからも台所の配置の事が頭から離れない。


息子は「明日何とかしよう、手伝うから」を繰り返す。

−−−−−−−

翌朝、海を見に行くといってタヌキが娘を連れて淡路島に出かける。


息子は「午後から手伝う」といって部屋にこもる。
私はというと台所が気になって何も手につかない。

昼ご飯も作る気力がない。


私の頭の中は「台所〜!!」なのだ。

やっと午後になって台所の配置をある程度使えるように変えた。


途端に頭が落ち着きパニックから脱出。


息子曰く
「やっぱり台所の配置が原因だったね」



予定外の配置変更の上に「台所の配置」に対するこだわりが
今回のパニックを誘発したようである。



わかっていてもどうにもならないんだよね〜。











2007年05月18日 (金) | 編集 |
タイトルは断じて誤変換ではない。


昨日、娘の保育所のお迎えタイムにそれは起こった厳然たる事実である。


私は娘の保育所の担任に私と息子がアスペルガー症候群であること、そして娘も「怪しい」と言われていることを1週間ほど前の面談で保育士伝えてきた。


前提条件は上記である。

さて、昨日の帰り際、保育士が私に声をかける


「あの〜狸穴猫さん、バザーの品が出てないんですけど〜」


その時やっと私は先週あたりから教室の前に置かれた段ボールの意味を理解した。


バザーの供出って、強制だったんだ!


お知らせのプリントもなかったのできっと任意だろうと思いこんでいたのだった。


「え…お知らせ何かきてましたっけ?」


とまぬけな質問をすると先生は申し訳なさそうに言う。


「あの…ドアのところに張ってあったんですけど」


よくよくドアを見るとバザーの供出お願いの張り紙と出品チェック表がでかでかと貼ってある。


気にもしていなかったので全く目に入っていなかった。
普通の人はあれで気がつくんだろうなあ…と、自らのアスペルガーをちょっと呪い、よく読んでみる。


「ティッシュ一箱・台所用品2点・その他3点」


ま、いいさ、何とかなる…
そう思いつつも、覚えていられるかが気になってじーっと張り紙を見ていたら声をかけた保育士が、


「あの…なんだったらメモしましょうか」と言ってくれる。


これはありがたい。私の脳みそはずっと不調でこんなもん覚えていられる自信がない。素直にお願いすることにした。


「あ…はい…お願いします」


その直後、私は信じられない言葉をきくはめになる。


「あ、漢字大丈夫ですか、ひらがなの方がいいですか」


私にアスペルガー症候群という障害があること…それを保育士は覚えていたのだろう。張り紙を見つめるわたしの様子が尋常ならざる様子だったのかも知れない。もしかしたら、提出書類の締切を守れず、遅くなって提出したことが文字が苦手なのではと想像させてしまったのかも知れない。


とにかくなにか配慮すべき様子だと感じた保育士のとっさのひと言だったのだろう。



誤配慮いただきありがとう。


である。


私は必死に笑うのをこらえて言った。



「漢字でいいです」








2007年05月02日 (水) | 編集 |

Wizerdの引っ越しが済んでから20日。
我が家はまだ引っ越し騒ぎの最中である。


なぜか…


Wizerdがおいていった不用品の片づけに追われている。
うん、確かにそれはある。
70リットルゴミ袋を50枚ほど必要としたのだからそれなりのものだ。


が、それだけではない。


今までWizerdが住んでいた母屋に今まで離れに住んでいた我々一家が引っ越さなくてはならないからだ。


4月の30日にまずはパソコンの移設をした。
といっても、電話回線は離れにある。
しかたないので離れから母屋にLANケーブルを引っ張って渡した。
もっとも、これは半月先には光ファイバーを母屋に入れる予定なので、当座のこと。パソコンだけはないと困るもんね。


まあ、これは手始めである。


さあ離れから母屋への荷物の大移動だ…と行かないのは
家中の不用品の片づけと台所の改装が待ち構えているからである。
我が家にはWizerdの置きみやげ以外にも長年


「そこにあったからそこにある」


というものがやたらめったらあるのだ。
Wizerdはこれらに全く整理の手を伸ばしていなかったので、家中のあちこちが未整理のまま二十年以上はたっているのだ。


優に20年は過ぎているとおぼしき果実酒の瓶が多数台所の戸棚奥から発見されるわ、食器棚からは使っていなかった皿や茶碗が大量に出てくる。

仏壇の引き出しからは数十年たっていそうなろうそくやらマッチ、明治時代の京都観光案内が出てくる。


はっきり言おう。
家中がゴミ屋敷寸前にまでなっていた。


これでは家事もままならないのも当たり前だと思うわけであるが、Wizerdがなぜ気にもせず生息してきたのかという疑問にもぶち当たる。


まあ、これにも答えはある。
Wizerdは家事のほとんどを放棄し、非常に限定した範囲で生活していたのである…使う鍋は三つだけ、皿は数枚のみという風に。


こちとらそうはいかない。


鍋も皿もたくさん使いたい、第一調理道具を使い倒すことを趣味としている。


台所に限らず、ものがどこにどう収まっているのか全てわからないと気が済まない。何においても機能的に動くことにこだわってしまう。


ま、自分の性格…というか脳みそのせいもあるので何とも言えないが、当分家の中のお片づけ作業は続くことだろう。


母屋のお片づけ作業が一段落ついた段階で荷物の大移動をするしかない。


というわけで、アスペルガーがらみで書きたいネタは多々あれど、とうぶん手が回りそうにないのでした。
2007年04月17日 (火) | 編集 |
Wizerd本人はまだ召喚されていない午前9時30分、50すぎのおっさん(我が亭主、以下タヌキ)と今年70を迎えるじーさんの兄弟ゲンカでWizerdの引っ越しは幕を開けた。


義兄「こんなあるんか!、ほかさなあかん、こんなもんほかさなあかん」

荷物の確認をしながら義兄がわめき立てる。

ここでタヌキ登場。


タヌキ「兄ちゃんの引っ越しやない、Wちゃんが引っ越すんや。好きなようにさせたらええ。」

義兄「どないすねん、はいらへんで」

タヌキ「はいらんかったらもってかえればええ」

義兄「ゴミ屋敷になってまうぞ、ほかさなあかん」

タヌキ「いちどもっていかなきゃ気が済まへんやろ、だからいったんや、2トン車借りとかなきゃだめやて」

義兄「んなもん、軽トラで3回も往復すればすむわ!」



ひとしきり河内弁の怒声の応酬のあと、黙々と積み込み作業が開始されていた。

−−−−−−−

Wizerd73才、生まれて初めての引っ越しは、近いからという理由で(徒歩数分)引っ越し業者を頼まず、身内を動員して義兄が近くの土建屋から借りてきた軽トラで運ぶという力技で行うことになった。さらに悪いことにWizerd退院と同時の引っ越しなもので事前準備はろくすっぽしていない。

動員されたのは義兄、その妻、義姉(Wizerdの妹)、その夫、姪(Wizerdの姉の娘)、うちの亭主(タヌキ)、私、うちの息子の総勢8名である。

引っ越し先は一人暮らしには広すぎるくらいの3DKのマンション。荷物の入らないうちにいちど見たが、確かに広い。


が…


Wizerdの荷物は半端でなく多い。

ダイニングテーブルと椅子4脚、ベッド、32インチの大型テレビ、整理ダンス大小取り混ぜて4本、飾り棚3つ、食器棚2本、ドレッサー、ベンチチェア、ライティングデスク、座卓、こたつ、姿見、洗濯機、冷蔵庫、電子レンジ。

大物だけでもこれだけある。

これらに付随する「中身」に台所用品、日用品、さらに洋服ダンス3本分の衣類と造花の山がこれに加わる。


きわめてアスペルガーらしく「コレクション」もある。
驚きはなんと言ってもこれだろう。


民芸品段ボール11箱分。



こけしやら各地の土産物の民芸品やら人形やらである。
(私がまる2日かけて梱包した。)


これは実は家にあった民芸品の総量の約半分である。
手狭なマンション住まいになるからというのでWizerdも泣く泣く半分はあきらめたのだ。


と、黙々と男二人が大物を積み込み一回目の輸送開始。
軽トラ一台分では運べる量はたかが知れている。
はっきり言ってほとんどのものが残っている。
引っ越しの行く末を暗示する気がしてならない。

同時に私も新居に移動。(チャリで2分)
新居に荷物が入れられるよう、先日運んで部屋の一角に散乱していた荷物をどけ、家具が入るスペースを作る。

軽トラもほぼ同時に到着。荷物を運びはじめるが荷物を入れるとあっという間に部屋が狭くなっていくのを感じる。


「あと残りが詰まるだろうか」そんな不安が頭をよぎる。

10分ほど居ただろうか、私が新居から家に戻ると、既に Wizerdが口から泡をとばさんが勢いで義姉と義兄嫁に指示を飛ばしていた。


W「そのカップも入れて、それ高かったんや」
義兄嫁「はいはい」
W「それな〜、それも値打ちものやで、いれといてや」


台所用品も大半は適当に私が段ボールに詰めておいたのだが、Wizerdがどれを持っていくつもりなのかは正確には確認できなかった為、お気に召さない部分があったようだ。あとから一箱ほど陶磁器の箱が増えた。


ま、こんなのはまだ序の口である。


さて、普段我々が「化粧部屋」と呼んでいるところに手をつけはじめたところからWizerdの魔法が炸裂する。

8枚組み立てて用意しておいた衣類用の大型段ボールに衣類が全部入るまでものの30分とかからない、あっという間の魔法であった。それでも入りきらないものが出るは出るは!こんなに詰め込んでいるとは…まさに魔法である。

洋服ダンスの衣類の残りを70リットルゴミ袋3袋に詰め込み、やっとの事で衣類終了とおもいきや、まだ整理ダンスが4本残っている。これらは近距離ということもあり、段ボールに移さずに棚を引き抜いて簡単にカバーを掛ける特殊魔法で運ぶことになった。



これで終わりではない。
1時からの昼食ののち梱包作業再開…のはずが、ここでまた一波乱。


W「カーテンと電磁調理器買っといてくれた?」
義姉「あ、まだや、買いにいかな」
W「電磁調理器用の鍋も買っといてや」


Wizerd、「年寄りやからガスはもうつかわへんねん」という理由で、電磁調理器に頼る予定だったのだが、調達ができていなかった。


義姉夫妻、義兄嫁、姪の4人が梱包作業から離脱。わらわらとホームセンターに買い物にいってしまった。


旧居に残されたのはWizerdと私の2人のみ。
人気の少なくなったところでWizerdの一撃が。


「なんで四人もいかなあかんねん、ほんま役に立たんわ〜」


確かに…(--;)しかし意図的に逃げたような気もしないでもない。



追い打ちをかけるように新居班の息子から電話。



息子「ねぇ、まだあるの?もう入らないよ」

(予想は的中した)

私「まだまだだ」

息子「…」


気を取り直し、衣類の残りの梱包作業と荷物の運び出し作業を続ける。

さて、物置部屋にあった余剰(…のはずだった)みかん箱などのサイズの揃わない段ボール箱が特殊召喚される。


この時点でまだ荷物は半分も運び終えていない。


ここでタンスとタンスの間からエアキャップに包まれた姿見が撤去されるとその裏には、まだ1メートル以上の高さにうずたかく積み上がった某鉄道系デパートの袋があった。


Wizerdのここでの技は「カバン魔法」であった。


袋の一つ一つからバッグが出てくる。これを一つ一つ品定めをしてゴミと持っていくものに分けていく。


W「プラダのバッグがまだあったはずなんやけどな、このところずっとプラダにしてるねん」


(そーかいそーかい…プラダというと黒魔法というわけか)


段ボール二つに持っていくバッグを詰め込んでやっとこさ終了。
買い物部隊も戻ってくる。


そうこうしているうちに軽トラで3往復ほどしたタヌキが戻ってきてドレッサーを指さし声をかける。


タヌキ「これ、中出さんとはこべへんで。はやくせぇやこれなかったら顔の修理できひんやろ。」


その場にいたWizerd以外の全員が笑いをかみ殺したのは言うまでもない。


そこでやっと肝心要のドレッサーに手をつけはじめる。この時点で既に3時を回っていた。


軽トラで往復していた義兄が私に聞く


義兄「まだあるんかいな?」

私「まだまだあります。」

義兄「ほかさなあかん…ほかさなあかん…」

(まだ言ってる)





荷物のほとんどが運び出され、Wizerdが新居に入ったのは既に5時を回っていた。


信じられん…なんつー引っ越しだ。


7回目の軽トラ出動で最後の荷物を送り出した時点で、新居側の運搬を担当していた息子を呼び戻し、私がWizerdの新居に出向いたのだが、そこには想像を絶する世界が広がっていた。


荷物で身動きが取れない。


そして…


何一つ開梱されていない。

そうだ、途中、新居に行っている息子から電話で報告があったのだった。


「入れる場所の確保に手間取り、とても整理まで手が回らない」と。


急いで荷物を整理しなくては、足の悪いWizerdはたちどころに困る。
姪と私の2人で開梱作業を開始。
2時間かかってやっと台所用品と日用雑貨を納めるべきところに納め、最低限の生活ができるように準備。

その間、Wizerdは「あれがない、アレどこいったんや」をひたすら唱え続けたのであった。


(ちなみに、最後に残ったのは姪で、9時近くまで新居の整理作業をしていたそうな)


これで終わりだ!のはずがない。


義姉夫妻と姪が作業をするのを横目に、7時に撤収し家に戻ると、そこには散乱する大量のゴミと大量のホコリとが待っていた。

追い打ちをかけるように

「おい、家具をうごかすぞ」タヌキの声が…。

そうだ、Wizerdの「いらわんといて」がなくなった今、タヌキの天下なのだった。家の中を片づけたくて仕方なかったタヌキが黙っているはずはないのだった。

おまけに…
掃除し終わるまでは汚くて寝ることもできない。


結局それから1時間以上家具の移動と掃除にあけくれ買い物にでることができたのが夜の8時半。夕飯にありついたのが9時、片づけをして翌日のゴミ出しの準備をし、寝ることができたのはすでに夜半を回っていた。


これが

「単身者の身軽な引っ越し」

の顛末である。



ちなみに…1週間以上たった本日も、私はWizerdが去ったあとの家の中の不用品の整理と掃除に追われている。



−−−−−−−−

さて、この記事には「裏」があります。
Wizerdの新居に荷物が運びこまれるようすを息子がブログで書いてます。
よろしければごらん下さい。
http://blog.livedoor.jp/terazuhurido/archives/50866361.html

2007年04月09日 (月) | 編集 |

断言する。
この記事ははっきり言っておもしろくない。
次に書く予定のWizerdの引っ越しの予告編程度のものだ。


では、スタート。

++++++

あまりに片づかないWizerdの引っ越し準備で疲れた頭脳はもう夕食のメニューを考えつくだけの力が残っていなかった。冷蔵庫の鶏肉を見た息子の希望の「鶏の唐揚げ」に素直に乗ってしまいたい誘惑に打ち勝てなかった私は珍しく早めに帰宅した亭主にこういった。

私「鶏の唐揚げにしようと思うんだけど…

亭「鶏ならジンギスカン鍋で焼こう!」

私「え…」

亭「じゃなかったらカツがいい。」

私「…」

頭の中で「唐揚げ」「カツ」「唐揚げ」「カツ」…が繰り替えず。

はっきり言ってどっちも作りたいメニューではない。が、冷蔵庫の中のメインディッシュになりそうな食材は鶏肉しかないのであった。

「いやだ」

脳みそは完全にパニックを起こしていた。

私は離れに逃げ込み倒れ込むように毛布にくるまった

その後息子が起こしても頑として毛布にくるまり続けること小一時間、頓服薬の安定剤を飲み、復活するまでさらに30分。

結局唐揚げにもカツにもせず、やっとこさチキンライスでお茶を濁すことに決め、台所に戻った。

+++++

で…

今回のパニックの原因を考えたのだが、きっかけは献立であったが、実は翌日のWizerdの引っ越しの見通しと手順がはっきりしないことにあったように思う。

アスペルガー症候群者にとって見通しのつかない事は「恐怖」である。

Wizerdの「いらわんといて(標準語では"触らないで"といったところ)」のひと言のため、Wizerdの衣類が山とつまったドレッサーある3畳間が全く手つかずの状態であった。

片づくんだろうか?

また、引っ越しの手順が全くできていない。新旧居にわたる人の役割分担もも出たとこ勝負で何も決まっていない。

当然私はどう動けばいいのか…それがまるでわからない。

これらの恐怖が唐揚げをきっかけにパニックになって噴出したように思う。


しかし、こんなもんはまだ前夜祭に過ぎなかった…わけだ。

さて、次のお話は大騒動のWizerdの引っ越し。

2007年04月03日 (火) | 編集 |
それは怒濤のごとくやってきた。


吹き荒れる嵐のように数人の人間が家にあがり家中にあふれる物という物の品定めをはじめ…


泥棒ではない。


何かって、三回ほど記事に書いたWizerdの骨折話(その1その2その3)の続きである。


Wizerdの骨折は彼女の引っ越しという思いもよらぬ結論にたどり着くことになったのだ。
理由は簡単。


「もうバリアだらけの家には住めない」


ま、そりゃそうだ、築200年近くはたとうかという我が家の母屋、つまりWizerdが居住していた空間は江戸時代の生活に合わせて作られているのだ(明治と昭和に多少改築してるけど)…要するに段差の嵐。玄関から30センチはあろうかという段差を3段も踏み上がらねば茶の間にたどり着けないのである。


そんなわけで我が家から数分ほど離れたスーパーにほど近いマンションにWizerdは退院と同時に引っ越しするということになった。


で…
冒頭に戻る。


そう、昨日Wizerdが病院から外出、彼女の弟夫婦、妹、姪の4人が我が家に予告なしに来訪、家中にあふれるWizerdの荷物の整理をしたというわけである。


Wizerdは結婚せずに73才まで生きている。
つまり今回生まれて初めてのお引っ越し。
当然引っ越しのイロハには疎いことこの上ない。



まあ、それはそれで仕方ないとして、荷物の片づけが大嵐になってしまうのは他にも理由がある。


1、衣装持ち


これはまあ、独身(それもそれが長い)女性であるから当然である。
問題は


2、インテリア小物に並々ならぬ執着がある。


ということだ。


造花、置物、陶磁器、人形…とにもかくにも小物が多い。
そしてそれらの一つ一つにとてつもない愛情?とも言うべき執着があるのだ!
(これがやっぱりこの人もアスペではと思う理由の一つでもある)


そしてそれが嵐を呼ぶ


「Wちゃん、これもっていかへんやろ」
W:「それはもっていくねん」(地声の大声)

「Wちゃん、これほかしてえ〜よな」
W:「いや、それはすてたあかん」(さらに大声)

「Wちゃん、これほかすで」
W:「あかん、それは高かったんや、4000円もしたんやで」(もっと大声)

「Wちゃん、これは汚いからえーやろ」
W:「それは思い出があるねん」(とうとう怒声)



以下繰り返しなので略


延々と続く捨てる捨てないの攻防戦


3時間もしただろうか、みな疲れ果て、買ってきた寿司を食べ、収拾の方向へ進もうとする。だが全体としては全く片づいていない状態で乱雑に袋や箱に小物類が積み上がり、70リットルゴミ袋に安易につめられた衣類が散乱する。


食事のあと、乗用車2台で2往復して新居に手当たり次第にそれらの小物と衣類を運び込む。


そして…


皆が去ったあとには梱包の厄介なコレクションの洋酒用グラス類の山や陶磁器・ミニチュアボトルの山、こけしと民芸品と人形の山、化粧品の山、台所用品と食器が残されていた。


Wizerdは引越し当日に退院する。


そしてそれまで誰1人手伝いにこない!


大物の移動もする引っ越し本チャンまであと6日、私1人でこれらを梱包しきれるか…私の脳みそには真っ白な風景が広がっていた。


2007年03月27日 (火) | 編集 |
先月半ば、全くアスペルガー向けでないとあるイベントに突発的に出る羽目に陥った。


正直いってこの手のイベントは人の反応をちらちら見ながらそれに応じて適宜対応するというアスペルガーが最も苦手とする側面が求められ、さらに悪いことに暇な時間帯があり、その間は女性の集団に揉まれて右往左往しながら話に合わせるという高等技術を駆使せねばならない。


もったいぶって何のイベントかというとご町内の


「そーしきの手伝い」


である。


たまたま今回イベントは主役が真向かいの家の爺様だったもんでパスするわけにもいかず、前夜イベントと本イベントの2日間(要するに通夜と告別式だな)、フルに出動することになったわけだ。


この手のイベントは最近は○○セレモニーなどというイベント専用会場で行う家庭も多いのだが、我がご町内は旧態然としたスタイル。「町内会館」に会場を設営し、町内会の隣組のお手伝いフル動員で事が運ぶという奴である。


ちなみに、今回、ここ(亭主の生家)に引っ越してきて初めてのイベント出動であるから最悪度はさらに増す。そう、今までは我が家では亭主の姉のWizerdが全部こなしていたため私にはお呼びがかかっていなかったのだ。


関東から関西に引っ越してきてまだ三年弱、はっきり言ってこの地域の「ソーシキの進行」自体もよくわかっていない有様なので内心そうとう「うぎゃ〜」もののパニックである。


アスペルガーはとかく初めての事に弱い。


ただ、アスペルガーもこの年まで生きてくるとお茶くみやお茶だし、後かたづけなんぞの雑用は、何とかこなせるようになっているものだ。一等はじめに集団のボス…仕切り屋が誰かを注意深く観察して見分け、その人物の指示を仰ぎながらなんとか切り抜ける。


問題は暇な時間の世間話である


そう…

アスペルガーの敵は女性の集団!。

である。


当然話題の主たるものはアスペルガーが最も苦手とするジャンル
即ち…ご近所のうわさ話…である。


正直言ってこの時ばかりは女性に生まれてしまったことを後悔する。こういうときはあまり話を振られないように注意しながら当たり障りのない話をするのが常であるのだが、これがアスペルガーにとっては最難関クラスの問題である。


しかし、Wizerdが骨折入院しているとあっては、話はどうしてもその事にいってしまう。さらに悪いことに、同じご町内に住んでいてWizerdと仲の悪い、「義兄の嫁さん」がどうしているのか(Wizerdの見舞いにいったのか等々)にハタの関心はいってしまう…あああ〜。


Wizerd骨折の顛末は詳細にしゃべったが、それ以外はどこまで正直にしゃべっていいものか…これまた迷う(うちのご町内は狭い!噂は尾ひれをくっつけてあっという間にご町内に広がるだろう…はい、広まりました)。



ま、しかし、久々にこの手のイベント体験して思うことはずいぶんある。


とにもかくにも定型発達者の集まりの中で浮かないようにするのは疲れる…が第一の感想であるが、自分がこれまたかなり複雑な作業をしながらそういうことに対処していることにちょっと感動である(疲れるが)。


診断を受けてから、こういった定型発達者の集団に揉まれるのは初めてであったのだが、そこでイベント会場裏(つまり台所…女性手伝い陣営)での話運びなどを意識的に考えてみると、定型発達者は集団内で常に序列がついていないと落ち着かないという性質があるように思うこと、さらに「話」は「その時」のボスの好みに大きく左右される。また、一過性の「私たち」という集団を劣位に見なさないで済む話に話が運ぶように思われるということなどなど…新たな発見が多数あった。


何も意識せずに、かつ疲れもせずに定型発達者はこの手のことをこなしているとするなら(そのようであるが)、私から見ると定型発達者はスーパーな体力・気力の持ち主達なのだろうと思えてくる。


私はというと久々にスリリングなイベント体験をしたせいで2日ほど寝こんだのは言うまでもない。


当然であるが、できればこの手のイベントはあまりでたくないので、日本の平均値以上に高齢化が進む我がご町内、隣組の皆さまの健康と長寿を私はひたすら祈るのであった。
2007年02月24日 (土) | 編集 |
さて、骨折入院中のWizerd(詳しくはこっち)だが、先週はなかなかのこだわりぶりを見せてくれた。


寄る年波にはと重量級の体格には勝てず、多少高血圧ぎみで軽い降圧薬を飲んでいるWizerdであるが、入院中となると、普段の薬をどうするかという問題が生じる。


…って、生じるわけないじゃないのさ。


ふだん降圧薬をもらっているクリニックから紹介状もらって、血圧の方の治療状況は既に入院中の主治医に連絡済み。同じ降圧薬を入院中の病院で出してもらえば済むことだ


…というわけで薬のストックが切れそうになったとき、入院中の病院の薬剤部から


「同じくすり出しますよ」
といわれたそうな。


だがしかし、ここでちょっとだけWizerdの気に合わないことが生じてしまった。


成分的には同じ薬だが、メーカーが違うのしか入院中の病院では取り扱っていなかったのであった。


そこでWizerdが悩んだのか悩んでないのかは、はかり知れないが、結局、
「メーカーも同じ薬じゃなきゃどうしても気になる」


ということで、入院中の病院で薬をだしてもらうことをせず、私が近所のクリニックに薬を取りに行くことに。


ま、徒歩数分(自転車で1分30秒)のとこだから別にいいけど、Wizerd、成分同じでも気になるってのは相当なこだわりだなあとまあ、やはりこの人も絶対アスペルガーだと確信した私であった。